今年の夏は、ここのところ雨がほとんど降っていません。
畑では、土が乾きやすくなっています。
種を播いても、新しい芽が出にくいと感じることがあります。
そのため、水やりをしながら畑を見ています。
野菜を育てる側からすれば、適度に雨が降ってくれた方が助かります。
雨が降らないことは、本来であれば望んでいる状況ではありません。
それでも、不思議と、「どうして雨が降らないのだ」「天気が悪い」と、天気を恨むような気持ちにはなりません。
雨が降らない。
それなら、水をやろう。
そんなふうに、比較的自然に次の行動へ移っている自分に、ふと気づきました。

土が乾き、新しい芽も出にくい

雨が少ないと、土の表面はすぐに乾いていきます。
手で触ると、湿り気が残りにくい日もあります。
種を播いた場所を見ても、いつもの年より芽が出てくるのが遅いように感じることがあります。
水は、多ければ多いほどよいわけではありません。
やりすぎれば、かえって育ちにくくなることもあります。
それでも、今の畑は乾きやすいので、様子を見ながら水をやっています。
新しい芽は、やはり出にくいことがあります。
では、水のやり方や、播種の時期、場所など、自分にできる範囲で工夫してみよう、と思います。
ただ、水やりをしていると、雨には雨の役割があるのだろうとも感じます。
私がジョウロやホースで行っている水やりでは、どうしても表面を中心に湿らせることが多く、広い畑の土の中までじっくり濡らすことは簡単ではありません。
一方で、まとまった雨が降ると、水が時間をかけて土にしみ込み、表面だけでなく、少し深いところまで湿りが届くことがあります。
肥料成分のうち、硝酸性窒素などの水に溶けやすい成分は、雨や土の中を動く水によって、下の層へ移動することもあります。
ただし、雨が多すぎれば、肥料成分の一部が流れたり、土が湿りすぎたりすることもあります。
雨はいつも都合よく働くものではありませんが、水やりだけでは代わりにくい働きがあるのだろうと思います。
雨が降らなければ、水をやる

雨を降らすことはできません。
気温を、自分の都合で変えることもできません。
しかし、水をやることはできます。
播種する場所を少し変えてみることもできます。
播く時期をずらしてみることもできます。
ただし、実際の畑は広く、水やりには40分ほどかかります。
土の乾き具合を見ながら、量や回数を細かく調整できるほど、手が回っているわけではありません。
1日1回が、今のところ精いっぱいです。
土日も含めて、水やりをしない日が2日続かないようにしています。
今は、そのくらいの管理を続けています。
そして、芽が出ることを、完全に決めることもできません。
それでも、芽が出る可能性を少し高めるための行動はできます。
ここで考えているのは、「何もしないで受け入れる」ということではありません。
反対に、「手を入れれば、必ず思い通りになる」ということでもありません。
変えられないものまで、無理に変えようとはしない。
その中で、自分が動かせる部分には手を入れる。
畑では、そんな動きになっているように感じます。
工夫しても、全部が思い通りになるわけではない

水をやっても、芽が出ないものはあります。
場所を変えても、時期をずらしても、思うように育たないものはあります。
その中で、育つものもあれば、枯れてしまうものもあります。
「今の環境ではこうなったのだな」と比較的自然に受け入れることもあれば、必要なことができていなかったのかもしれない、と心がざわつくこともあります。
うまくいかなかったことを、すぐに自分の失敗だと決めつけすぎないようにしています。
かといって、何もせずに終わるのでもありません。
様子を見て、また小さく手を加えます。
うまくいかなければ、また考えます。
畑では、その繰り返しが続いています。
今の天気と、望む畑のあいだ

環境そのものと、望んでいる未来のあいだには、距離があります。
雨が少ない今の畑と、芽が出て育っていく畑は、同じ景色ではありません。
そのあいだを、水をやる、種を播く、様子を見る、少し工夫する、うまくいかなければまた考える、といった小さな動きで、少しずつつないでいるのではないかと感じました。
大きな変化を一気に起こすというより、今ある条件の中で、今日できることを一つ置いてみる。
水やりは、ただ土を湿らせる作業でもあります。
同時に、今の天気と、これから育ってほしい畑のあいだに、自分の手で置ける、ごく小さなつながりでもあるのかもしれません。
雨を待ちながら過ごす時間
変えられないものを受け入れながら、自分にできることを続ける。
結果を見ながら、また工夫する。
そうやって、今ある環境と、自分が望んでいる未来のあいだを、小さな行動で少しずつつないでいく。
そのような時間を過ごせることは、もしかすると一つの幸せなのかもしれない、と思います。
これは、特別な覚悟がいる話ではないのだと思います。
雨が降らない畑で、水をやりながら、ごく自然にそう感じた、という程度のことです。
水やりをしながら見えたこと

今日も、乾いた土に水をやりました。
空を見ても、すぐに雨が降りそうな気配はありません。
それでも、水をやれば、土の表面の色は少し変わります。
芽が出るかどうかは、まだ分かりません。
全部が思い通りになるわけでもありません。
それでも、今の畑と、これから育ってほしい畑のあいだに、今日できることを一つ置いてみる。
雨を待ちながら、水をやる。
畑にいると、そんな時間の過ごし方もあるのだな、と感じます。
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参考情報・出典
- 農研機構「体積含水率のモニタリングに基づく圃場排水性の評価法」
- 農研機構「本暗渠未整備の水田転換畑のチゼルプラウ耕は排水性を改善しダイズの収量を改善する」
- 環境省「硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素に係る土壌管理指針」
- 農研機構「畝立て播種や多肥により子実用トウモロコシの湿害が軽減される」
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