国内、海外問わず、この食事が良い、という話を耳にすることがあります。和食が健康的、地中海の食事が風味豊か、別の国の盛り付けがすばらしい、といった具合です。
一方で、同じ栄養の話なのに、国によって数字や取り扱い方が違う、と感じることもあると思います。
何が世界の正解、もしくは標準なのでしょうか。

今回を入り口として、「世界の食事を栄養学の物差しで見てみよう」という内容をお伝えします。第0回目である今回は、各国の料理紹介ではなく、栄養を判断する物差しそのものが世界で一本ではない、というところを見ていきたいと思います。
同じ「健康的な食事」でも、中身は国ごとに違う

食事の見た目は、土地によって違います。主食が米のところもあれば、当然小麦のところもあり、トウモロコシのところもあります。魚のメニューが多い地域もあれば、乳製品や豆のレシピが豊富なところもあります。
それでも、「不足せず、とりすぎず、偏りすぎず、いろいろな食品からとる」といった大きな方向性は、似通っていたりします。
世界保健機関と、国際連合食糧農業機関が2024年に出した共同声明では、健康的な食事の原則として、十分であること、バランスが取れていること、ほどよいこと、多様であること、が挙げられています。そして、食品が安全であることは、栄養が健康に資するための大前提であるとも書かれています。
また、同じ声明では、食事の具体的な組み立ては、個人の好みや信条、文化、その土地で手に入る食品、食の習慣によって変わるとされています。原則は共有できたとしても、食事の中身まで世界で一つにはならない、という整理がなされています。
推奨される食事の型も、各国の食事指針の中で、その土地の事情と根拠に合わせて示される、と書かれています。健康的な食事のパターンは、一つではない、ということも言及されています。
日本の物差しは、日本向けに作られている

日本で、エネルギーや栄養素の摂取量の目安として使われているのが、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」です。いま使われているのは、2025年版です。令和7年度から令和11年度までの使用が想定されています。
これは、献立の正解表ではありません。国民の健康の保持・増進などを目的に、厚生労働大臣が定める摂取量の基準であり、給食や栄養指導の現場でも参照される、政策を形にした栄養摂取の基礎資料です。
対象は、健康な人、および健康な人を中心とした集団です。歩行や家事などの平時に想定される身体活動があり、体格が標準から大きく外れていない人を想定しています。病気の治療を目的にする場合は、この基準の考え方を踏まえたうえで、その疾患の治療ガイドラインなどの栄養管理指針を使う、と総論には書かれています。
数値は、年齢、性別、身体活動の程度などで分かれます。参照にする体格も、日本の調査や成長の資料を基準としています。ですので、他の国の表を、そのまま日本の食卓に当てはめようとすると、前提が違うため物差しとしての意味が怪しくなってきます。
総論では、諸外国の食事摂取基準も参考に検討する、と書かれています。参考にするのと、加工や注釈なしで各国の数字を混在させることは別ですので、注意が必要です。
数字の種類が、もともと一つではない
「1日に何グラム必要」と一語でまとめたくなる数字でも、食事摂取基準の中では役割が分かれています。
摂取不足の回避に用いる指標には、ある性・年齢区分の人の半数が必要量を満たすと推定される『推定平均必要量』と、ほとんどの人が必要量を満たすと推定される『推奨量』があります。このほか、根拠が足りず、その二つを置けないときの目安量。習慣的なとりすぎによる健康障害を避けるための耐容上限量。生活習慣病の発症予防を意識した、当面の目標量。エネルギーについては、推定エネルギー必要量、という別の捉え方をしています。
推奨量と目標量は、同じ「目安」ではありません。目安量と推定平均必要量も、違うものです。「必要量」とだけ書いて、全部を同じに取り扱うと、認識を誤ることになります。
報告書の説明でも、数値だけでなく、策定の考え方と使い方の留意を理解することも大切だとしています。1食分の正解がこれだ、というものはなく、習慣的な摂取の仕方の方向性を探るための物差しとなっています。
国民健康・栄養調査などで出る平均値は、いまの摂取の実態です。食事摂取基準そのものではありません。調査の平均と、基準の数字は、別のものです。
他の国にも、それぞれの物差しがある
韓国では、保健福祉部が「韓国人栄養素摂取基準」を出しています。国民栄養管理法に基づき、原則5年ごとに見直す仕組みです。最新は、2025年版です。日本の食事摂取基準と似た役割の資料ですが、対象とする人の状況も、参照している研究も、国の優先課題も、韓国の事情で組み立てられています。今回は中身について比較することはしません。韓国料理などに対して深掘りしていくのは先になります。
アメリカでは、農務省と保健福祉省が「アメリカ人のための食事ガイドライン」(2025年から2030年)を作成しています。こちらは、栄養素の必要量の表というより、何をどう食べるかの日常の食生活における指針に近い位置づけです。日本人の食事摂取基準に近い役割を持つのが、栄養素の参照量(DRIs)です。米国とカナダが共同で支援し、全米アカデミーズが策定しています。アメリカの場合は、食事ガイドラインについて見ていくことで、何か目新しいものがあるかもしれません。
二つの例でお伝えしたいのは、料理や調理法はさておき、国が違うと、資料の名前、改定の周期、指針と基準の二本立て体制など、様々なことが異なる、ということです。ただし、健康に栄養を摂取するという思想は変わりません。
日本の食卓へ持ち帰るなら

他の国の食事が魅力的に見えることはあります。その国の指針を知ることも、自分たちの食事を捉えなおすいい材料になります。それは、顕著に異なっているからです。
それぞれの国で異なっているからこそ、他国の数字を日本人の1日の数字に置き換える必要はありません。日本人の食生活を考える際は、日本人の食事摂取基準を基本の物差しとして使います。
他国の代表料理を真似すれば健康になるわけではありません。共同声明が言うとおり、健康的な食事のパターンは一つではなく、土地の食品、文化と習慣の中で組み立てられた長い期間にわたって醸成されたものが各地に根付いています。和食が世界一であるわけでもなく、他国の料理が絶対なものなのでもありません。
いまの食事に変化を足すとしたら、その土地で手に入り、摂取し続けられる食品を料理に取り入れ、種類の幅を少し広げるくらいがちょうどいいと思います。特定の食品、サプリメント、食事法ではなく、日々の食事を整え、無理なく続けられる、健康を支える食習慣を身につけることが大切です。
調味料の由来や使い方は、それは一つ興味深いテーマではあるのですが、この連載の主題としては取り扱いません。国の指針と食卓の組み立てを、見ていきたいと考えています。
物差しを先に置く
世界に誰もが納得する食事の正解が唯一つあるわけではありません。共有しやすい原則が存在して、一方で基準となる数字や食べ方などの日常における運用については、国ごとにその内容が作られ、また国ごとに異なります。
差の理由は体質や人種だけではありません。体格、年齢、性別、体の動かし方、食習慣、その国で多い健康上の課題、使える研究、政策上の目的など、複数の条件や研究結果や根拠が混じり合っています。
第0回は、ここまでとします。次回以降は、日本の食事摂取基準と和食について、そして、そのあとは国ごとに見ていきたいと考えています。おそらくは、これを食べれば健康になる、という結論が出るわけではありません。自分の食卓を見るときの、物差しの使い方や位置づけに対して、少しずつ認識を深めていきたいと思います。
今後も、暮らしの中でちょっと見直せるかもしれない話を、少しずつお伝えしてまいります。
参考情報・出典
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書
- 世界保健機関・国際連合食糧農業機関 “What are healthy diets? Joint statement by the Food and Agriculture Organization of the United Nations and the World Health Organization”(2024年)
- 大韓民国保健福祉部「2025 韓国人栄養素摂取基準」
- 米国農務省・米国保健福祉省 “Dietary Guidelines for Americans, 2025–2030”
- 米国保健福祉省「Dietary Reference Intakes Development」
